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カテゴリ:家族( 7 )

夏前の整理 ー その1 ー

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先日机周りを整理する機会がありました。
普段使っている紙や資料(雑誌やカタログの切り抜きなど)、仕事で使うものだけで棚が一杯です。
やっとファイリングが終わり、本も整理しようと手に取ってみたのですがなかなか進みません。随分前の引っ越しでかなり処分したのが最後、それからまた本が増えている・・。

推理小説、実用書、園芸や料理等の趣味本、マンガ。
大好きな本、時々取り出して読む本、いつか読みたい本。
書棚はそんなもので溢れかえっています。
以前はよく「読んだなら処分したらいいのに」姉に言われて何度か思い切って整理しているのですが、それにしても捨てられない「時々取り出して読む本」というのが数冊は残るのです。
子供の頃からそうでした。気に入った本は何度手にとっても親しみ慣れた仲間に会えたそんな気持ちになったものです。
大人になってからは新しい発見があることもあります。読み慣れた本なのに不思議です。

新しい本に出会う時は突然やってきます。
新聞やテレビに著者本人が出ていて興味を持ったり、メルマガや誰かのブログで紹介されていたり。そうして出会った本は物理、経済、スポーツ関係など今までよく知らなかった世界へと引っ張ってくれました。

数年前から購読している新潮社の「考える人」で紹介される書物も時々購入しています。
これは季刊誌「考える人」の編集長が書いているメルマガで月に2〜3通届きます。書籍の紹介とともに個人的な考察や小話が書かれていてとても面白いのです。
このメルマガは私にとってそれほど興味の無いスポーツの世界=「新しい世界」への扉を少し開けてくれたかもしれません。

季刊誌「考える人」
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by kayos_handmade | 2011-06-24 12:18 | 家族

シュールレアリズム

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先週ウイルス性胃腸炎にかかり、ぐったりしていたうちの子供、すっかり回復した今は元気に遊び回っています。
子供が小さいとちょっとした病気にびくびくしてしまう私ですが、今回は痛みを訴える姿が可哀相で治って本当によかった。
最近お得意のお絵かき、ついこの前まではぐじゃぐじゃの線描きだったのが何やら丸をたくさん描いています。
本人に聞いてみと「おばけ」なんだそうな。オレンジや赤、青、緑、茶。カラフルなおばけがふわふわと画面いっぱいに浮かぶ。
絵にストーリーがつき始めた瞬間でした。ちなみにもう一つは何ともシュールな粘土と紙の動物のモニュメント。これは本人いわく「大きい」なんだそうな。
岡本太郎!?
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by kayos_handmade | 2011-01-16 16:18 | 家族

過ぎ行く車窓

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昨日から家族みなが冬休みになり、お昼過ぎに到着の新幹線に乗って実家に向かう途中のことです。
窓際に置いた2本のペットボトルを見ると同じキャップがついています。
あたりを見回すと違うメーカーのものにも同じ色・形のキャップが。
扱い易さを考えたそのぎざぎざには、目新しさ、奇抜さも、ただ便利に、楽になることではない、人の暮らしを良くしたいという思い、工夫がある。
ボタン一つで何もかもできるような気になる今。私は利便性ばかり追い求めて、何か不便の良さを忘れていないだろうか。最新の新幹線に乗り距離感が曖昧になり、高機能の肌着を着て寒さを忘れて。
便利になるのは素晴らしいことです。しかし大切な何かが抜けてしまったようにも思うのです。
温かさを高機能肌着ではなく互いに額をくっつけ合って寄り添い暖を取り合うような何か。
外は次第に曇ってきて、だんだんと冬空らしくなってきました。
「どのあたりから雪景色だろうか」「那須塩原あたりかな」
そんな会話をしながら過ぎ行く車窓を見てふとそんなことを考えたのでした。
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by kayos_handmade | 2010-12-30 19:45 | 家族

大掃除

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暮れも差し迫り、残り1週間を切りました。
大掃除、です。
我が家は主人が高いところや広い面積(ようするに窓やカーテン周り)、お風呂などをきっちり掃除したので、私が台所を最後に残して終わりとなりました。
そういえばこのしつこい油汚れ、他の人は合成洗剤派だろうかナチュラル派だろうか。地球に優しいとは自分がその分手を動かし汗を流さないとだめだということ。時間もなく体力もない私は罪悪感を感じながらも便利で早くきれいになる合成洗剤を使う。
よく考えた末、今年は軽い汚れには重曹やクエン酸を、しつこい汚れには合成洗剤を使うことにしました。

台所。一年のいろいろが一番詰まったところ。思い出も汚れもみんな一緒くたに片付け。
コーヒーの道具も磨いて、お世話になったグリルも、、となかなか終わる見通しがたちません。
合間にスニッカーズなんかかじりながら半袖でよいしょ!あとひとがんばりです。
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by kayos_handmade | 2010-12-27 11:29 | 家族

その人らしさ

よそのお宅に伺うと自分のうちとは違った感じの雰囲気を感じることがあります。その人らしかったり、意外な面を知って驚いたり。

我が家は私の混沌とした世界と主人の特別なこだわりはそう強くなくしかし整理された感がごちゃまぜになっています。もちろんそこに子供のまた更なる混沌とした世界が加わって、結局何ともまとまりのつかない環境になってはいるのですが。

その人の世界はその人の育った環境によって作られると思います。和風(現代風の)にこだわった家、北欧の家具をうまく取り入れたシンプルな家、60年代の世界、などなどセンスのよい自分らしい素敵な家々。あらゆる部屋。それらはその人が生きてきた道そのものを表すのかもしれません。
また性格も暮らしぶりによく現れる。それはその人が選び集めたもの(こだわりが無くても「無い」というらしさ)の中にはその人の思いがあるからです。
何かの世界(何々風など)にとらわれるのが嫌、という人もいます。しかしその人も自分では気づかない、独自のワールドを漂わせているのではないでしょうか。

学生の頃の友人に自分ととてもよく似た人がいました。何が似ているのか?それは一言では言い表せないのですが、趣向や行動する時間帯、食べ物や飲み物のの選び方、車で言ったら私はイタリアだけどその人はイギリス、ちょっと違うけれどアメ車じゃなくて欧州車。女性なら親しい友人になるか毛嫌いするか、男性なら恋人になるか、というような感じでしょうか。
ある日、その人は「なんか部屋も似た感じかも」と、自身のお部屋の写真を見せてくれました。自宅にあるその部屋はなんとも混沌としていて、しかし独特の世界があり、私の自分なりに作ったごちゃごちゃした(ようするに散らかっている)世界と酷似していました。

その人らしさを作る空間。それは本人が日々こつこつと作り上げたエッセンスのようなもの。誰にも邪魔されず、時には他人と暮らすことで少しずつ混じり合いながら出来ていく。
まるで民族がそれぞれ他の土地から集まって暮らすうちに、ミックスされて出来上がってきた文化のようなもののようです。
f0221132_1237557.jpg最近子供は毎日のようにお絵描きをしています。壁に襖に、とあまりに大変なことになってきたので、とうとう壁に模造紙を貼ることに。でも思い切り描けて嬉しそうです。
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by kayos_handmade | 2010-10-03 12:42 | 家族

子供の夏休み

子供の頃、どんな夏休みを過ごされました?
田舎の親戚の家に行ったり、映画を見たり、学校のプール、夏祭りに友達同士で初めて行ったり。
人それぞれに様々な思い出があると思います。
私は町のお祭りに参加していた小学生の頃が一番思い出深いです。昼と夜の2回、3日間町の中を練り歩きます。大人の人が大きく、そしてとてもりりしく頼もしく見えたお祭りの夜。終わるとそれぞれの子供の親たちが神社に集まっていて、おやつや西瓜、おにぎりなどの食べ物を少し貰い、少しだけいつもより夜遅くまで外にいる。それはそれはとても特別の夜で、終わって次の日の昼間に片付けをするときに本当に寂しくなるのでした。
子供なりに短い夏を惜しんでいたような。

うちの子供は今地元のお祭りやプールにちょっとずつ参加をするようになりました。そして去年とは違い、子供なりに楽しんでいるようです。
あっという間の夏休み。暑い日は続くけれど、風がもう次の季節を連れてきているよう。
秋はもうすぐそこまで来ているのかもしれません。
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「束芋 ててて」
August 5 - September 11, 2010

以前横浜トリエンナーレで初めて見たのですが
平面なのに立体になっている、不思議な感覚の作品でした。
ときにお名前の「束芋」とは田端家の妹から来ているのだそうです。
Googleで検索するとものすごい数の作品画像が現れてきました。

銀座「GALLERY KOYANAGI」
http://www.gallerykoyanagi.com/
〒104-0061
東京都中央区銀座1-7-5 小柳ビル8階
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by kayos_handmade | 2010-08-17 22:08 | 家族

おばあちゃんのともだち

みなさんは子供の頃はどんな遊びをしていましたか?
うちは幸い近くに川が流れていたり、公園や空き地があるので
子供の遊び場にはそう不自由していません。
遊び相手は保育園で一緒の子供や近所に住むお友達など、ほとんどが同い年の子供です。
私が小さかった頃とはずいぶん違います。

私は遊び相手に、近所に住む同い年の友達、自分の姉や友達の兄弟のほかに、おばあちゃんの友達のうちによく遊びにいきました。
もちろんそのうちには子供がいるわけではなく、ほんとうにおばあさんとおじいさんだけです。
でも、一人で遊びに行ってもお菓子を出してくれたり、お部屋の2階や庭先を行ったり来たりとずいぶん勝手に遊ばせてくれました。
そこのうちにはその頃ではもう珍しくなった竃がありました。
お正月にはその竃で蒸した餅米を使って餅つきをしたり。
土間から台所へ行くとその奥には外のトイレがありました。
裏庭があり、そこには私の大好きな棗の木が。いつも木に登っては、たわわに実る棗を好き放題に食べたものでした。
いったい今はそんなことはさせてもらえるのでしょうか?
そうやって遊んでくれるおじいさんやおばあさんは?

家族とは違う大人と接し、叱られたりほめられたりして育ってきたように思います。
うちの子供はどんな大人と遊んでどんな思い出を作るのでしょうか。
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by kayos_handmade | 2010-07-09 14:47 | 家族